特定非営利活動法人 日本のふる里体験村 高遠日誌

4月
4月の滞在者 (K.K)4.6〜4.9。(息子J)5.2〜5.4。(K.Y)4.8〜4.9。 
(K.K)4.14〜4.15。 4月の訪問者 (妹)4.15
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2007.04.06 入村第1日目


 2007年4月6日、午前1時30分、東京都世田谷区を出発し、中央高速、諏訪インター、杖突街道を経由して田舎の我が家に向かいました。途中、杖突街道の路上で午前3時頃、動物の死体を発見!冬毛のテンでした。

  道路を横断中、車に轢かれ、無惨な姿で横たわっていました。車から降りて近づいてみると、もう一匹が道路を横切るのが見えました。兄弟か夫婦なのでしょうか。道路の真ん中に放置では、あまりに可哀相なので、仕方なく尻尾をつかんでズルズルと道路脇によけてあげた。これが私の田舎暮らしの最初の出来事でした。

 我が家に到着、電気は通じているのは知っていても、この真夜中に巨大な母屋にひとり入って、懐中電灯でどこだかわからぬ ブレーカーを探し当て、スイッチをあげるには、少々度胸がなく、懐中電灯だけを頼りに真暗闇の離れの6畳間にたどりつき、寝袋をひろげ潜り込みました。

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写真1 国道側から見る外観 
写真3 台所から見る 
写真10 玄関から離れを見る 
 

 朝が明けると天気は快晴!まずは母屋の裏口に廻り、鍵を開けて母屋に入る。窓という窓を全て開け放し、長年無人だった家に新鮮な風を入れました。

 次に電信柱からの線をたどりブレーカーを探し出しました。それは廊下の中央にあり、無事電気が通 じているのを確認。水も出ることを確認。

 家の間取りは母屋1階が、10畳、12畳と、8畳が2つ、土間に作られた6畳間、台所、トイレ、風呂場、漬物部屋。

  2階は8畳、6畳が2つ、これは玄関の土間と台所、風呂、漬物部屋の上だけを占有していて、1階の田の字になった40畳ほどの座敷の上はすべて屋根裏部屋になっている。

 隣接して 2階建ての土蔵。離れは6畳間と、たたきに男子トイレと女子トイレ、物置付き。

 庭に男女の外トイレ。211坪の畑に農機具小屋という構成の家。

  そうこうするうちに、区長さんと、この地区担当という方が訪ねて来て、水道加入料や水道料金、区費の説明してくれた。入村後、初めての村民とのご対面 。(現在は村ではないのだけど、村、村民というのが、この土地ではとてもしっくりするので、以後、こう呼ばせてもらいたい)。ちなみに我が家は長野県伊那市高遠町藤沢、御堂垣外(みどがいと)という地区にある。

  前回、登記手続きの時に訪れた時に、ご挨拶に伺った両隣に、まずは、「来ましたよ!」のご挨拶に伺った。

 さて、何から手をつけようか、あまりにもやる事が多すぎて……。

  まずは台所から、流し、床、残された食器棚の掃除にとりかかる。湯沸かしがまだ使えず、水が冷たいので、持参したカセットコンロと残されていた鍋でお湯を沸かし、バケツとぞうきんでお掃除開始!

  台所が一段落ついたところで、そろそろお店も開店する時刻になったので、掃除道具と当面 の必需品の買い出しのため、車で高遠町に下った。お世話になった不動産やさんに立ち寄り、布団やら家電製品やらを揃えるにはどこに行ったらいいか相談にいくと、伊那のカインズホームが良いだろうということで、道順を教えてもらった。

  伊那へ向かう道では、雪をかぶった中央アルプスがくっきりと迫ってきた。

  たどりついたカインズホームでは時期的に新生活スタートということで、思ったよりも安価な値段で、布団2組、ガスコンロ、掃除機、炊飯ジャー、湯沸かしポット、その他掃除用具などを購入、なんとか小さな我が車、日産マーチに詰め込んでいると、不動産屋さんから、「水道やさんが来て点検してくれたので、風呂と台所に使うボイラーが使用可能」という連絡があり、家に戻る。 ボイラーを新調したらずいぶんとかかるだろうなと想像していたので、一安心。

 台所のお湯栓をひねりお湯が出ることを確認。徐々に生活感が出てきた。真新しい掃除機を組み立て、ぞうきんモップとともに本格的な掃除を開始。

 母屋1階の掃除、トイレの掃除を終えるとポツポツと雨が降り出した。一番近いJAに偵察がてらお買い物に。大根としめじ、パンと基本調味料を購入。暗く、寒くなってきたので窓を閉めて家の中へ。

 残されていた食器類はありがたく使わせていただくことにした。それでもグラスやカップ、お箸、スプーンやフォークなど不足のものがあり、お風呂の道具やシャンプーなども必要なので、今度は伊那とは反対側の茅野に下ることにした。

  OGINOにある100円ショップで手当たり次第に購入するとその数100点を超えた。茅野の友人Y夫妻と夕食を一緒に食べようということになり、蓼科方面 に少し上り湖北というお店で煮魚定食を食べ、入村第一日目の話題で楽しい時間を過ごしました。

 帰り道、杖突街道の途中で今度は鹿を発見。道ばたでなにやら食べていた。野生動物との遭遇第2号だ。

 夜はしんしんと寒い。40畳の広さの座敷きではとても一人で眠る気はしないし、ストーブもなくとにかく寒いので、土間に作られた6畳間で今夜は眠ることにした。残されたオイルヒーターが使えたので、ラッキーと思ったが真ん前にいても寒い!早々に布団に入って眠ることに。入村記念の第一日目が終わった。

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写真4 国道側の奥の8畳間
写真2 玄関
写真6 2階の8畳間

2007.04.07 入村第2日目

 今日も一日、窓を開け放し空気の入れ替え、掃除機とぞうきんがけで、総数70畳もある家の掃除に明け暮れるが、二階まではまだまだ手が回らない。

 高遠に向かうと、桜の花がちらほら咲き始め、沿道には水仙の花。春ですね。

 土曜日だったので、会社の社長が様子見に訪ねて来る。結局彼は、大いびきをかいて昼寝した後、食料の買い出しにいって米や食料品を差し入れてくれたけど、「きれいになったねぇ〜」で帰ってしまった。あんまり役には立たなかったかな?まぁ、ひとりぼっちで居たので、ちょっとは話し相手になってくれました。

 夕方、今度は茅野へでかけ、OGINOで買い出し、昨日の不足分を買い足す、さらに石油ストーブが半額だったので思わず購入。ただし灯油のポリタンクとポンプを買っていないので、今晩はまだ使えない。かなり強い雨の中、またしても真っ暗な杖突峠越え。今日は動物には遭遇できなかった。さすがに動物たちもこの雨では、じっとこらえているんだろう。

 元の住民が残していったこたつが使えることを発見、これもありがたく使わせていただくことに。ただしこたつ布団がないので、応急で掛け布団を使用。どうもこたつがあると動きが鈍くなりますね。夜になったら、ほとんどポットとコーヒーを側に置いて動かなくなってしまいました。

 今日は土間に孤立した6畳間から、田の字になっている4部屋のうちの玄関に一番近い10畳で寝ることにした。やっぱり寒い。

 日がたつにつれて、購入した家という感覚から、徐々に我が家という実感に変化してきた。

 最初は他人の家、元の住人の気配も感じられ、私という存在がこの家にとって、招かざる客のような違和感を感じ、多少の怖さもあったものだが、一生懸命に掃除をしたり、元の住民が愛用していたものを大切に使おうという気持ちが、だんだんとこの家にも伝わったのであろうか、だんだんと親しみのある家に変化してきたように思う。

  築80年にもなるこの家に刻まれた歴史やら、この家に潜んでいる主のような存在が、だんだん私を受け入れてくれたような温かさが感じられるようになった。すると私も、ここにずっと住んでいたような感覚になってくるのが不思議だ。

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写真7.8.9
蔵の入り口
蔵の2階への階段
蔵の天井

2007.04.08 入村第3日目

 快晴!今日は昼に東京の女友達Yが、「あずさ」に乗って泊まりに来る。早めに家を出て茅野に向かう、蓼科の友人に電話してポリタンクはどこで売っているかと聞くと、ホームセンターを教えてくれた。そこでポリタンクとポンプ、ついでに丸いちゃぶ台、毛布、風呂場用のラックなどを購入。

 時間になったので友人を迎えに茅野駅へ。当初は茅野で昼食をという計画だったが、こんなに良い天気で杖突峠からは雪山の八ヶ岳の眺望が素晴らしいのに、ありきたりのファミレスでの食事ではもったいないと思った私、「お弁当をコンビにで買って、景色のいい所で食べない?」という私の提案に彼女も同意。

  さっそく弁当を仕入れて、峠を目指して登る。峠のちょっと手前に私は良い場所をすでに見つけていた。
  そこはちょうど車が一台駐車できるスペースがあり、なんといっても茅野市と八ヶ岳、蓼科山を一望できる最高の場所。更にちょうどおあつらえむきに3〜4人が座れる大きな岩がある。そこで私たちは青い空と白い雲、雪山と裾にひろがる田んぼと茅野の市街を眺めながら、岩の上であぐらをかいて美味しく弁当を食べたのは言うまでもない。(その後、何度もこの場所を通 過したが、夜になると必ずといっていいほど、車が止まっている。きっとみんなのお気に入りの場所なんだろう。一応ロープは張られているのだが、きっと張っても誰かがはずしてしまうのだろう。)


お気に入りの場所から茅野市街を望む。蓼科山が良く見える。
左と同じ場所から八ヶ岳連峰を望む。

 家に戻るとさっそく彼女は、まず、一番に、彼女持参の笛を吹いて家の中をまわり、彼女流のお清めをしてくれた。自称、かたずけ好きな彼女はさっそく働き出した。「何をしたらいい?」という問いに、「二階の掃除か、漬物部屋の掃除」と言ったら彼女、「漬物部屋がいい」と言った。私はちょっとびっくり!

 なんせこの漬物部屋、今にも床が抜けそうだし、ほこりだらけで何が飛び出してくるやら、何が残されているかわからないといった場所で、私が苦手とする所で、手をつけずに残したおいた場所だったのだから……。

 彼女はあっという間に、いるもの、捨てるものに分け、どんどん不用品を運び出してくる。私は庭に穴を掘り、何年たっているか知れない、梅干、梅漬け、蕨、蕗、瓜、味噌、みょうが漬け、きゅうりの古漬けをどんどん埋めていった。ずれていた床板をはめ直し、箒で掃いたら、少しは立派な漬物部屋になった。それにしてもこんなに大きな漬物樽が3つも4つもあっても、私一人ではとても使えないし、いったい昔の人はどれだけ沢山の漬物を食べたんだろうと不思議に思った。

 次に彼女は裏口の物置と土蔵と母屋の間の隙間にたまったゴミともいえる大きな塊軍団にとりかかった。すると、「貴重な物発見!」と叫ぶ彼女。「何、なに?」と行ってみると、またもや動物の死体というか白骨ミイラ、体長40センチぐらい、どうも猫らしい。三角の耳と長い尻尾の骨がキレイに残っている。
  彼女曰く、「きれいなミイラだと思わない?」「はっ!?」ということで、あとで庭に埋めてあげようということに。猫は良く死に際を飼い主に見せないというが、この家で飼われていた猫なんだろうか、やはり遠くには行きたくなくて、蔵と母屋の間の肥料袋の上で死んだのだろうか、傷を負ってここまでたどりついて息絶えたのだろうか、今では知る由もないが、あとでちゃんと土にかえしてあげよう。

 整理したゴミが大量に出たので、燃やせるものは燃やそうということになり、庭にペンキ缶 を持ってきて、大量のダンボールを燃やした。炎を見ていると人は和みますよね。本来この農村でもたき火は禁止らしい。村民の目を気にしながらのゴミ燃やしである。

 あえて燃やそうということになったのは、伊那市のゴミ事情にある。ゴミの処理方法を聞いたところ、市指定のゴミ袋で出すそうなのだが、それは役所にいって交換券をもらわないと、お店で買えないとのことで、役所に行ったら、はい、年間で不燃/可燃合わせて70枚ですとチケットを渡された。それを使い切ると有料になりますよとのこと。東京では週に3回可燃ゴミ、週1回不燃ゴミの回収が数量 制限なくある。年間70枚というのは、多いだろうか?少ないだろうか?それを考えると、この前の居住者が残していった大量 のゴミは到底処分できないと思ったのだ。

  二人がつきっきりでどんどん燃やす。それでもなかなかゴミは減っていきません。残りは明日にと切り上げ、まずは、さっきの猫ちゃんを暗くなる前に埋めてあげようということになり、庭の角に穴を掘り、土をかけてあげて、小ぶりの石をのせ水仙の花を3輪添えてあげた。ちゃんと眠れて良かったね。

 さて、夕食の支度にとりかかる。御近所からのいただきものがずらりと並ぶ。ほうれん草のおひたし、じゃがいもの煮ころがし、ネギの甘味噌かけ、大根としめじとほうれん草をいれた味噌汁、そして炊きたてのご飯の夕食。ほうれん草、じゃがいも、ネギはいただきもの、すぐ裏の畑でとれた新鮮野菜ばかり、ほうれん草は甘いし、ネギはとろりと、じゃがいもはホクホクで美味しい。これですよ田舎暮らしの最大の魅力!結局、渡しがこちらで調達した食材は米と大根としめじだけだった。

 夕食後、彼女は「夜のお散歩に行こう」と言い出し、東京の向こう見ずなおばさん二人は、懐中電灯片手に、村民は一人も歩いていない野生動物の時間帯に外に繰り出した。山に向かって10メートルも歩き出したところ、傍らの草むらで、「キィー!」という甲高い声。離れていく「キィー!」もう少し離れたところで、また、「キィー!」という三度のびっくりしたような声。猿かしら?「ちょっと、ちょっと、やばいよ。帰ろう」と、彼女をひっぱって家に戻る。

  昼間聞いた話では、この辺は熊こそでないが、鹿、猿、いのしし、アライグマがいるそうで、私の畑の上には藪からのけもの道の出口があるんだということを聞いたばかり、いのししの大群にでも出くわしたら大変。いくら動物好きの私でも、夜中に突然であった人間に驚いた野生動物がどんな行動に走るかは計り知れない。早々に彼女を連れて家に帰ったという訳です。

 テレビもない今の家では、後は風呂に入って寝ることしかすることはありません。購入したストーブも今日からは順調に機能を果 たしてくれたし、友人もいるし、今夜ははじめて快適な夜になりそうです。おやすみ。

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図面。200坪ほどの畑がついている。

 

2007.04.09 入村第4日目


 今日は帰る日。予定通り、午前は高遠の桜見物に出かけることに、まだ人が少ないので北口ゲートの一番近い駐車場に入れることができた。桜は場内は三分咲きぐらい、南口ゲート付近は満開に近い。平日なので、過去3回来たうちで一番人が少なくゆっくりと観賞できた。3年前は桜吹雪、2年前も桜吹雪、去年は南口ゲート付近しか咲いてなかった、今年はそれよりも少し咲いているかなという感じ。でも中央アルプスも見えて、青空に白い雲に桜が映えて、まずまずのお花見。今週末、14、15日が一番の人出になりそう。

  美術館と絵島囲み屋敷も見学、美術館では館長さんと名刺交換、東京都世田谷区(都立蘆花恒春園、私はそこのNPOをお手伝いをしている)にある15本の高遠コヒガン桜の話をして今度写 真を持って来ますねの約束をした。

 売っていたコヒガン桜(残念ながら門外不出の高遠コヒガンは売ってない)を友人が購入、入村記念の植樹第1号にしようということで、3年から4年という苗木を1本購入した。

 高遠からの帰り道、おとといの雨でもう場所がわからなくなってしまったが、伊那と高遠への2往復で通 った場所に明らかに血の海と思える場所があった。きっと車と鹿がぶつかってしまったのだろうと想像していたのだが、本当に鹿にとっては災難ですよね。それにしてもこの4日間だけみても動物色の濃い山里ですね。

 家に帰ると、玄関に昨日出会って話しをした方からの差し入れが置いてあった。きゅうりの古漬物と梅干。

 さっそく昨日に燃やしきれなかったダンボール類を、彼女が続けてバンバン燃やす。と、御近所さんからほうれん草と冷凍のかぼちゃ、真っ赤なトマトの差し入れ。私は残していた近所への挨拶を終え、2階の掃除もやっと終わらせ、彼女に加勢して2箇所でどんどん燃やす、穴を掘っては埋めるという作業を続け、やっと大きな段ボール類はメドがついた。

 記念すべきコヒガン桜の植樹第1号を植え、東京からもってきたサクランボの苗木を2本植えた。コヒガン桜には、数個のつぼみがついていたので、運がよければ来週開花が見れるかも。

 今晩の夕食も近隣からのいただきものづくし。手作り栗おこわ、たほうれん草、かぼちゃ、漬物で夕食。「東京に帰らないでずっとここに居たいね〜」と二人で話しながら、9時までには出よう!ということで、かたずけやら、戸締りやら、帰り仕度を急いだ。帰ろうとする私たちへのプレゼントは、空にまたたく満天の星たちだった。なんてキレイなんだろう!

  空気も緑も星も素晴らしい。そして何といっても、新参者の東京人なのに、御近所がとても親切で温かい。やっぱり、田舎の家を買って良かった!

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間取り

2007.04.11 東京に戻って。今週末も田舎の家へ行こう!


 東京に戻ってからは、毎日忙しい日々。14日の土曜日はあいにく用事が入っているので、用事が終わり次第、田舎の家に行こう!まだまだ足りない物がいっぱい!

 家電製品は、冷蔵庫・テレビ・洗濯機・電子レンジは欲しいし、パソコン・複合プリンターも必要だ。ついでに耕運機もいずれは必要になるだろう。

 結婚以来、こんなことはなかった訳で、いっぺんに一所帯分が入用になる訳だから大変!私は東京生まれで下宿したこともないのでこんな経験はない。地方の人が東京に出てくるとか、独立するってことはこういうことなんだね。

  まして私は一人分だけではなくて、これから来るであろう来客者の分まで揃えなくてはならい。当面 の目標は5名分。次の目標は10名分。家の修繕箇所も目白押しだし、それも仕事の合間をぬ っての往復400キロだから、ちょっと辛いものがありますねぇ〜。

 なんてグチも言ってられません。それ以上に田舎の家には楽しみがあるんだものね。

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2007.04.14 またしても!
滞在者記録/4.14〜4.15 K。
訪問者記録/4.15 妹。


 2007.4.14日(土)土曜日の夜10時頃、諏訪インターより杖突街道経由で田舎の家に向かう。

 すると、 またしても交通事故の野生動物に遭遇!今度はイノシシだ。体長60センチ位 、白線より内側に横たわっていたので、先週のテンに引き続き、連続の死体移動の役をかってでた。今度は足をもってズルズルと引きずって、白線の外側に寄せてあげた。結構重い。いのししがブタ一頭に見えてくる。

 先週のテンの話を同僚にしたところ、「なんで持って帰ってこなかったの、えりまきになったのに……」だったが、今度は、「なんで持って帰ってこなかったの、シシ鍋が食べられたのに……」なんて言われそうだ。なんで毎度、毎度、こんな貴重な物が、人間の車という凶器に殺されてしまっているのだろうか。

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2007.04.15 桜満開、4年目の見頃

  前回、ストーブがつくようになったので、寒い夜もなんのその、快適に朝を迎えられた。

 今回の訪問の第一目的は満開の高遠コヒガン桜、毎年訪れて今年で4年目だが、1回目桜吹雪、2回目も桜吹雪、3回目は反対に早すぎてツボミ状態、今年は、先週が3分咲きぐらいだったので、きっと今週は満開のはずと、またしても往復7000円余の高速代+ガソリン代ではるばる来たのである。

 翌日の15日(日)やっと朝の9時頃に家を出発、途中まではスイスイと進んだものの、高遠町に近づくと、観光バスと乗用車の長蛇の列でちっとも進まない。

 よっしゃ!と、すっかり地元民になったつもりで、ナビで確認して脇道からショートカットしようと、距離の長い道を行った。しかしながら、耕耘機しか通 らないのではと思うような、小枝や折れた枝が散らばり、草が茂っている細い道を進んだが、ある分かれ道でナビが示す右の道は、どうも車が通 れそうもないという判断しかできず、しかたなく、もう一方の左の道を進んでくると、なんと、さっき入ってきた道に出てきてしまった。な〜んだ、がっかり。

高遠城址公園への車の渋滞

 という訳でやっと駐車場について、エッチラオッチラと急な坂を登ると、右側には雪をかぶった中央アルプスがくっきり、桜は満開、人も満員御礼という状態。

 しかし、4年越しの初めて桜の見頃に来れたことになる高遠の桜。スゴイ!やっぱりスゴイですね。一面 が桜の花、花、花。

 ここの桜の良いところは、まず、桜の木が大きくて高いこと、堀あり、高台ありという起伏にとんだ土地のために谷にある桜と山にある桜が同時に見れるので、桜の花の占めている面 積が特別大きく感じること。美術館で見た上空からの一面ピンクの城址公園を一度見てみたいものである。(後述の伊那に向かう途中でヘリコプターの空中遊覧をやっていたらしき所を通 過。来年チャレンジしてみよう)

 青空に白い雲、連なる雪山、ピンクの桜と、まさにふる里の風景だ。

桜雲橋
中央アルプスを望む
桜雲橋から下の池を望む、桜だらけだ
右にこぶし、左に桜、中央に中央アルプス、絶景!

 また、染井吉野と違いピンクが強い、といって河津桜のように濃いピンクで大ぶりではなく、可憐なピンクで花もちょっと小さめ、可愛い桜です。

可憐なピンク色の高遠コヒガン桜
水仙と桜のコントラスト
どこを歩いても桜、桜。ピンク色だ。
   
観光バス駐車場から公園を見る
観光バス駐車場から中央アルプス
 
高遠町、やはり桜が目立ちます。

 この日は天気も良かったので青空に雪山にピンクの桜とそのコントラストがとてもキレイで良い写 真が沢山撮れました。

 そこそこに撮影を終えて、家に帰ると妹がすでに訪ねてきていました。

  ナビに住所をインプットしただけで東京から来たというのだから、世の中便利になったものだ。

 私も妹も今日中に東京に帰らなければならないため、今回は作業は最初から出来ないと思っていたので、二人でお昼を食べ、ひとしきりおしゃべりをした後、近くを散策。

 畑のけもの道の出口とやらを見学に行った。確かにそこは獣が出入りする道らしく、薮の中でそこだけ道らしき小さな空間が続いている。そこで鹿のウンちゃんやら、ひづめの足跡などを発見。機会があれば、どんな動物がその道から出てくるのか拝見したいものである。

  山に向かってしばらく散策して唐松やら、松のマツボックリとツクシのお土産を採取しながら、家に戻った。

  そろそろ花見の客も減っただろう。せっかく桜が満開の時期なのでということで、妹を連れて高遠町に向かう。私は本日二度目の高遠桜見物だ。

 またしてもエッチラオッチラ、坂を登り高遠城址公園へ。喘息の私には階段、坂道の登りは辛い。

 日が陰り始めていましたが、午前中の中央アルプスは逆光になったものの、今度は反対側の南アルプスの雪山がキレイに見えるようになりました。

 
南口ゲート近くより、南アルプスを望む
 
桜、高遠湖、南アルプス

アズマイチゲ Anemone raddeana 
(キンポウゲ科 イチリンソウ属)

 午前には気がつかなかった池に写る鏡桜がとてもキレイなのを発見!こういう楽しみ方もできるんだと、ちょっと感激でした。

池に映った鏡桜

 
中央アルプスに沈む夕陽

 ひととおり見物した後、伊那に廻って、不足分の寝具を買い足し(これで12人は泊れることになった)、食料品を買って、戻ると、玄関にほうれん草! 誰だかわかりませんが、本当にみんなご近所が親切なんです。美味しいほうれん草をありがとう!

 庭を歩いていると、何やらポコポコする場所がある。土をのけてみると、ちょうどドラム缶 のようなものが埋まっていて、蓋に取っ手がついている、「何だろう、開けてみようか?」と言うと、妹が、「ちょ、ちょっと待って、心の準備をしてからね!」そう言えば、妹ったら、「何かでてきそうな家だよね。きっといるよ」なんて、恐いことを言っていた。まぁ〜、そんなことはあるまい。こんなにこの家を気に入っている私なんだから、きっと受け入れてくれるだろう。

 「え〜、人ひとり出てくるとでも言うの?」ということで取っ手を持って持ち上げたが、ポロッとその取っ手 がとれてしまった。回りの土を掘り起こし、開けてみようとするが、サビついているのか、持ち上がらない。
 「しょうがない、これも息子たちが来てからの課題だね」ということになった。

 実は、あと何ケ所か課題があるのである。1つ、屋根裏部屋、前にも書いたが40畳ほどの広さの屋根裏があるのである。2階の廊下のつきあたりに、屋根裏へのドアがあるのだが、未だ足を踏み入れていない。何せ、懐中電灯で照らして真っ暗で見えないし、歩いても大丈夫なのかどうかも、良く分からない。これも若い息子たちが来てから、探検してもらおうと思っている。

 次に土蔵の1階と2階の間に張りのようなものがあって、そこにも荷物がいっぱいあるのだけど、何があるのかわからない。

 そして最後は床下である。畳をあげてみようと思うのだが、どうも勇気が出ない。また、土間には室(むろ)という野菜などの貯蔵庫がある、ちょっと板をどけてみたけれど、まだ中に入る気はしない。

 さらに、天井裏、これも何が出てくるか知れない、などと、あげてみたらキリがない。

 早々に夕食を食べ、戸締まりをして、それでも9時近くになってしまった。さぁ、東京に向け出発!
 来週は来れそうもないので、ゴールデンウィークまで、しばしのお別 れです。
 なんだか、東京が家なのか、高遠が家なのか、戻るのか、行くのか、感覚が変になってきた。
 離れるとなると、寂しいし、早くまた戻って来たい気分になるというのは、どうも、私の中でこちらが家というパーセントが大きくなっているようだ。

 追伸1 帰りの杖突街道でまたしも反対車線にイノシシ君の哀れな姿を発見!残念ながら、今回は先を急いでいたので、通 り過ぎさせていただいた。ごめんね、イノシシ君。また一匹、野生動物が犠牲になった。
 この車の犠牲になった動物たちは、生物界の循環からいうと、人間の胃袋に納まるのが自然なのだろうか?、そのまま土にかえるのが自然なのだろうか?、野生動物の餌になるのが自然なのだろうか?、何かしらの役に立った方が命の尊さという面 では有意義なのだろうか?、私には判断しかねる。どちらも正しいような気がするから。

 追伸2 諏訪インターから乗ったら、次の諏訪南で、事故の為通行止め、全車一般 道に降ろされてしまった。仕方なく小淵沢で、再び高速に乗る羽目に。こういう場合、なんらかの返金ってあるのかしら?ETCで通 過している場合はどうなるんだろう?ちょっと疑問でした。列車の場合なんかは返金ってあるのにね。

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2007.04.17 昔の日本人に戻ろうよ。


 なんで私が田舎に想いを募らせるのか、元々、東京、港区芝の生まれで田舎がなかったこと。小さな時から植物や虫や魚や動物が大好きだったこと。人形で遊ぶよりも、青虫をつかまえたり、千葉県船橋市に引っ越した時も、近くの野山を歩くのが好きだったし、田んぼでメダカやドジョウやタニシをつかまえたり、網をかついで昆虫採集にいったりするのが好きだった。

 今でも中年おばさんの私の車には、テントをはじめとするキャンプの道具にカセットコンロ、魚網、捕虫網、長靴、プラスチックの飼育ケース、釣り竿といった類いがトランクを占領している。

 今の仕事は、そんな私の趣味とは全く正反対の仕事だ。毎日、パソコンにインターネット、キーボードと向き合っている。だから余計に、朝日とともに起き、夕陽とともに家に戻り、季節を感じて生きる生活に憧れているのかもしれない。

 いざ、そういう生活ができるようになったら、また、都会が恋しくなるだろうか?

 食で考えてみると、田舎の家で食べる食材はどれも美味しいと思う。その地でできた新鮮な食材を、食するのが一番の贅沢だと私は思っている。スーパーの大根に葉っぱがついているとうれしくなるし、キャベツに青虫を発見するとこれまたうれしくなる私である。

 本来、日本人は粗食だったはず。何千年もそうして、野山の幸や海の幸と、自給自足の野菜、味噌汁、漬け物という食べ物を食べてきたのだから、ここ百年余りの欧米食は日本人の身体にはそぐわないのではないか。というのが私の持論。

 また、日本人は欧米人のように自然を克服するというパイオニア的な性質ではなく、自然と共に調和して暮らすという人種だと私は思う。野山とも、動物たちとも、互いのテリトリーを侵害しないように仲良くやってきていたのではと思う。バイキングのような征服を良しとするのではなくて、日本人はインディアンやエスキモーに近い人種で草や木、石や山、川、湖、生物などを尊いものとして認め、感謝してきたのではと思う。

 そんなひと昔前の日本人に戻りたいと思う。

群馬県川場村の春景色

 田舎の時間はゆったりと静かに流れる。都会に住んでいると、「ゆとり」とは無縁で3分、5分を競う忙しい毎日。一方、田舎では、例えば虫を眺めたり、花を見たり、楽しむのに、ず〜っと1時間眺めていても飽きないで、時がたつのを忘れてしまいます。豊かな心になれる気がします。、

りんごの花
茅葺き屋根の民家
澄んだせせらぎにシダレ桜
稲の苗
ヒメオドリコソウ
ツクシ
スミレ
茅葺き屋根の民家
ふる里を思い出す写真を集めて(1) (川場村)

 なんだか、都会に住んでいると、気分まで殺伐としてくる気がする。テレビがなくとも、パソコンがなくても、Wiiがなくても、人間は生きていけるんだよ。豊かな人生を過ごせるんだよ。

茅の家
こいのぼり
アケビの花
水車小屋
山々
スミレ
天井
たんぽぽ
ふる里を思い出す写真を集めて(2) (川場村)

 そんなことを想う私。

 でも、テレビとパソコンとインターネットはやっぱり欲しいなぁ。(なんじゃ、それ!)

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2007.04.28 初めての長期滞在。
滞在者記録/4.28〜5.5 K。4.28〜4.29 長男。
朝5時に着く

 ゴールデンウィーク!今回は4月27日深夜から5月5日夜まで長期滞在の予定で出かけてきた。現地調達の家庭電化製品の調達、配達とケーブルテレビ設置が目的。

 4月27日の深夜、長男と一緒に東京を出る。到着は明るくなった午前5時。杖突街道のトンネル下の温度計は3度。家に着くと室内温度は6度。シンシンと冷える、寒い寒い!

 とりあえず、布団をひいて眠ることに。午前10時、行動を開始する。カインズホームに注文していた布団9組を取りにいかないと。そして2日に伊那ケーブルの工事を予約しているので、ヤマダ電機に行って、テレビも買わなくちゃ。テレビは5月1日に配達してくれるとのこと、なんとか間に合いそうだ。

 山の天気は変わりやすいというが、今日の天気は晴れたと思えば、ザァーザァーの雨、しばらくの間、ヤマダ電機とカインズホームを行ったり来たりしながら、晴れ間をぬ ってレンタルの軽トラックに積み込む、高遠町を通り過ぎて、登り始めると雨がポツポツ、それでもなんとかポツポツのままですんで、無事、家に到着。 とりあえず家に運び込み、トラックを返却に。オートマなので楽チン、2時間まで無料だから借りなきゃ損ですね。今度から我がマイカーにギュウギュウ押し込むより、大量 に買ったときは、軽トラ無料貸し出しに限りますネ。

  田舎の家の夜は長い。寒いからストーブのない部屋に行くのは億劫になってしまうし、1部屋の中でできる事は限られる。テレビは必需品かもしれない。

 しかし、なんと言ってもインターネットが早くできるようになって欲しい。ケーブルテレビを契約したのもテレビ受信よりもむしろネットがやりたいが為である。残念ながらヤマダ電機伊那店はマックを扱ってなくて、パソコンの現地調達はできず、東京で購入して持ってくるしかないですね。それでも今回はウィンドウズのノートを持参してきたので、とりあえず「田舎の家、インターネット開通 ! 」にこぎつけそうです。

  トラックを返した後、アピタというショッピングセンターへ、長男曰く、「とても長野の田舎とは思えない」何でも揃いそうなショッピングセンターでした。 長男は今日帰るとのことなので、短時間でできる作業ということで、屋根裏を探検をすることに、懐中電灯で照らしてもまだ暗い屋根裏、踏み外さないように慎重に探検する。踏み外すとベニア板一枚だから確実に落下します。お宝は特になさそうです。ちょっとは期待していたのに、残念!

 古い扉や障子、板きれなどが、大量 にある。これだけの量の物をどうやって運び出せばいいのだろう?でもこの探検で、自分ひとりでは、できない課題の一つがクリアされたことになる。 息子を送って茅野へ。特急で帰ると茅野〜新宿まで2時間だそう、料金は乗車券3200円特急券2800円で合計6000円だって。

 その後、ケーヨーD2に寄って買い物、夜9時過ぎに杖突峠を登る。途中、メスの鹿に遭遇。今回は始めての動物との出会い、しかも生きてる!

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2007.04.29 2つのアルプスが同時に見られるところ。


 快晴!ケーブルテレビの契約書を持って伊那市へ向かう。

  高遠町の手前で、花の丘公園への道を左に折れてみると、雄大な中央アルプスが素晴らしい眺め。花の丘は八重桜が咲き始め、観光客で賑わっていた。入り口だけを視察して、伊那へ向かう。

高遠町方向に向かって
中央アルプスを望む
花の丘公園入り口

 まさに中央アルプスに向かっていく。どんどんと雪山が近づいてくる。三峰川と平行して走り、天竜川を渡る。ちょうど伊那ケーブルのビルあたりから、天竜川越しに南アルプスが見える。甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、間ノ岳、雄大の一言。 ここ伊那からだと、中央アルプスは近すぎて見えない。ちょうど高遠から伊那へ向かうあたりが両方を眺めることができる。日本のアルプスの2つを同時に見れるなんて、なんて素敵な所なんだろう。ますますゾッコンの地だ。

下のチューリップの場所から中央アルプスの山並
伊那市へ向かう道路からチューリップと中央アルプス
伊那市の天竜川から、南アルプスを見る。
春日公園から南アルプスを見る。甲斐駒ヶ岳、仙丈岳がくっきりと見える。

  伊那市の小高いところに、春日公園がある。ついでに登ってみてみると、おお!南アルプスがずっと続いている。公園ではわんぱく広場なるものを開催していて、子供たちでにぎわっていた。

春日公園では「わんぱく広場」なるイベントを開催していた。

 伊那市から戻ると、 今度は茅野のケーヨーD2でトラックを借りるつもりで、大量 に物を仕入れる。ホームケアセットにドリル、ジグソー、グラインダーの大工道具一式も取り揃え、準備万端だ。

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2007.04.30 春祭り


  午前中は庭の草取り、まだ春も浅いのでやっと芽生え始めたばかりのものもあるが、さすが雑草の伸びは速い。前の住民が何を植えていたのかわからないので、草取りは躊躇していたが、今、雑草を取らないと今度来るときには野原になっていそうなので、あてずっぽうで整理を始める。

 福寿草は咲き終わり、水仙は今が花盛り。キクやアジサイ、クレマチスなどを確認、野生のスミレやタンポポは残してあげた。ツクシも出ている。この庭もこれからどうするか楽しみだ。

  午後は地元の諏訪神社の春祭り、2年に一度の本祭りだそう。一応住民のご挨拶としてご祝儀を用意、初めての参加なので、お宮のスタートから神輿について回ることにした。ご祝儀を渡すと手ぬ ぐいと先端に鈴がついてピンクの花のついた長い棒をもらう。春祭りというのは、これから田んぼや畑を始める時期にあって、春が来たことと、今年の農業の豊作を願って行われたものなのだろう。

諏訪神社
神輿
子ども神輿
地区内を巡る
風船とポップコーンのプレゼント
我が家の前も通過

 神輿と子供神輿、行く先々で住民が通りで出迎えてくれる。お賽銭箱も一緒にまわっていて、住民がそれにおひねりだのご祝儀だのを入れていく、子供用のお賽銭箱もある。ちょうど我が家の前も通 ったので、そこで列から離れる。地元のケーブルTVも取材に来ていて、若い女性がビデオカメラを担いで走り回っていたのが印象的でした。

  その後、畳屋さん、大工さん、水道屋さんが順に訪れる。なけなしのお金をはたいてやっと買った古民家だが、滞在しているとどんどんアラが見えてくる。70畳もあるたたみの一部は見るからに古いとは知っていたが、畳屋さん曰く、70年も80年も前のものとか、そんなに畳って長持ちするのかしらん。とりあえず1階の4部屋を見てもらう。根太が浮いているとかで、まず、大工さんかなということで、大工さんを呼んでくれました。

 大工さんもとっても良い人で、下に入ってみないことにはいくらになるかはわからないということだったが、まずは一番痛みの激しい山側の奥にある8畳をやってもらうことにした。全部やったら大変な額になる。100万、200万はあっという間になくなってしまうだろうな。 この細い腕で、どこまで出来るのか?と、実際はけっして細いとは言えない腕をくんだのでした。

 気になっているところはいっぱいある。まず、玄関前に鎮座している外トイレこれは壊したいし、お風呂が座敷と離れたところにあり、靴を履いていかなければならないので、それも改善したい。離れと母屋への出入りをバリアフリーにしたい。家中バリアだらけだ。これでは車椅子の人は呼べない。なんとかせねばなるまい。さらに民家に不似合いな鉄骨のサンルーフをなんとか工夫して民家にマッチするようにしたい。などなど、キリがないのである。

 暗くなりはじめて、伊那のヤマダ電機に行って、冷蔵庫と電子レンジを手配。家電製品は残すのは洗濯機だが、これはもう少し時間がたってからでもいいだろう。なにしろ、どこに置いたらいいのかまだ思案中だから。

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